過去の小咄その1

今回は、私の実体験に基づくモルディブでの小咄を披露したいと思います。
この小咄は以前、私のくだらない個人HPで公開していたものですので、既にご覧になっている方もいらっしゃるかと思われますが、その旨はご容赦ください。

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とある環礁のとある中級リゾートでのことです。時は199*年、年末年始のピーク時もすぎて、リゾートに静けさが訪れた1月中旬にその事件はおこりました。
イタリア人のハネムーカップルがそのリゾートに滞在しておりました。ダンナは50歳代後半でかなりの巨漢、顔はサンダー杉山を車で轢いたあとに、それを酢漬けにしたような見た目だった半面、奥さんの方は20歳代半ば、見た目はニコールキッドマンを巨乳にしたような完璧な容貌を誇っておりました。もちろん、いくら見た目が不釣合いでも、しっかりとした愛の絆で結ばれていれば、全く問題はなかったかもしれません。そう、しっかりとした愛の絆さえあれば・・・。
ダンナさんの方はダイバーでした。イタリア人ダイバーというのは概して1日1ダイブのみの、のんびりペースで潜るタイプが多いのですが、このダンナは例外的とでも言いましょうか、律儀に1日2ボートダイブに毎日参加していたのです。そのリゾートのボートダイブというのは1本目は9:00頃スタートして1本ダイブ、その後リゾートにお昼前に帰ってきて、ランチをはさんで14:30ころから改めて2本目に出かけるというパターンでした。
当然、ダイビングをしない奥さんはヒマです。何せ新郎は毎日ダイビングで昼間はほとんど一緒にいない、というスケジュールなのですから。そこで、奥さんが体験ダイビング、もしくはダイビングライセンスコースなどに参加して、ダンナと一緒にすごす時間を共有できていたら、この悲劇は起こらなかったかもしれません。
このヒマをもてあました奥さん、ウインドサーフィンのライセンス取得コース(3日間)に参加したのです。折りよく、リゾートは閑散としている時期でしたから、奥さんはウインドサーフィンインストラクターとマンツーマンでの講習と相成りました。勘のいいかたならここで話の筋道が見えてきたでしょう。そうなのです、ぶっちゃけた話、この奥さんはウインドサーフィンインストラクターとデキてしまったのですね。
このインストラクター、モルディブ人なのですが、スラリと背が高く、見た目も元スマップの森君を100年間日焼けさせたようなイケメン、笑うと真っ白な歯がキリリと輝くようなヤツだったんです。イタリア人の奥さんとインストラクターがどのような経緯をたどってアヴァンチュールを楽しむようになったかは知りません。ただ、この二人は講習開始3日目にはもう、ダンナが出かけたあとのスイートルームで白昼堂々と情事を楽しむようになっていたのです。
この時点では、まだダンナは気づいていなかったようです。鼻歌まじりでミノカサゴやドクウツボを追いかけていましたから。悲劇はその数日後に起こりました。

誰かがチクったのか、虫の知らせなのか、その日ダンナはフェイントをかけました。
ダイビングに出かけたふりをして、小一時間ほどで部屋に戻ってきたのです。もちろん、例の「モルディブ森君」が部屋に入っていったのを確認してからです。
そして、証人のつもりでしょうか、ダイビングスタッフとフロントスタッフも連れてきてました。ちなみに私もその中に混じっておりました。
リゾートのスタッフが見守るなか、ダンナはスックと部屋の前に立ちました。部屋の中から、何がしかの物音が聞こえていたのか、ダンナはしばらく耳をすませて様子をうかがっていたようでした。
そして、ガンガンガン!!!拳で思い切りドアをたたくダンナ。
「●●××△×○△×!!!」なにごとかイタリア語で叫んでもいます。
部屋の中からは何のリアクションもありません。おそらく、森君と奥さん、血の気が引く思いで、部屋の中で息をすませていたのでしょう。
部屋からのリアクションがないことに腹を立てたのか、ダンナはより一層激昂していきます。多分、森君は隠れた地下通路や忍者用のカラクリ扉がないかどうか、部屋内を探し回っているころでしょう。
「★㊥☆Ч£§ΞΨ!!!」
「ё∴鄴醬℃ω‡⊿!!!」私は大学でイタリア語を専攻しなかったことを、この時ほど後悔しなかったことはありませんでした。でも、内容を理解していても、ここで詳細を書けないような内容だったことだけは、語気からも充分感じ取ることができました。

そのうち、ダンナはドアを蹴飛ばしはじめました。
ドアを叩くガンガンという音に、ゴンゴンゴンという音が加わりました。歳は取っていても、身長は190cmオーバー、体重も軽く100キロを超えていそうな巨漢のキックです。さしものドアもビリビリと震えてきています。
備品を壊されては大変と、これまた大変勇気のあるフロントスタッフが、ダンナを止めに入ったのですが、ダンナの左腕の一振りで吹き飛ばされてしまいました。
しかし、さすがにドアは震えても、蹴破るほどまではいきません。で、そのダンナ、周囲を物色しはじめました。
私はイヤーな予感がしました。ダンナのすぐ脇に、この前設置されたばかりの木製のチェアがあったのです。
まあでも、このチェア、4人がけ用で、各部の木がかなり厚手にできており、重さは60キロに届こうかという代物。さしもの猿人ラーにも持ち上げられはしないだろうと思ったのが大間違い。なんとこのダンナ、この重いチェアを楽々持ち上げて、ドアではなくすぐ横の大きな窓ガラスに叩き付けたのです。
一発目、ぐわーん、私には見えました、チェアを叩きつけられた4m四方の窓ガラスが内側にたわむのを。
しかし、それでも窓ガラスは割れません。
2発目、ぐわーん・・・・・
3発目ぐわわーん・・・パリリリーン・・・
嗚呼、割れました・・・割れてしまったのです。耳をつんざくような破裂音を残して、窓ガラスは微塵に砕けてしまいました。
ダンナの体にはガラスの破片が飛び散っています。右腕などは血が流れ出ているところもあります。
ここで、ダンナはいきなり沈黙してしまいました。さきほどまで「★㊥☆Ч£§ΞΨё∴鄴醬℃ω‡⊿!!!!」と叫んでいた勢いはなく、妙に寡黙です。
さすがに、ダンナでも中に踏み込むには勇気がいるのでしょうか。ダンナは10秒ほど、血を流したまま、部屋の前でたたずんでいました。
部屋の中から誰かが出てくる気配はありません。
そして、ダンナは深呼吸をひとつすると部屋の中に入っていきました。割れたガラスを踏む、ミシミシという足音を残して。(この時私はなぜか、イタリア人でもこういうときに深呼吸をするんだということに感心していました。)

ダンナが部屋に入ってから何秒たったころでしょうか。突然部屋の中から
「★㊥☆Ч£§ΞΨё∴鄴醬℃ω‡⊿!!!!」
「△×○■Ψб【ΩΦ!!!】」
夫婦が言い争う言葉が聞こえてきました。と、そのなかに
はにゃにゃらほがぁー、びしゃぐらぉー!あいやー」というディベヒ語が混じります。
どうやら、三角関係の当事者が集合したことで、活発なディスカッションが行われているようです。
ただ、ディスカッションで済めばいいのですが、このあとに「言い争いの末」、「三角関係のもつれ」、「逆上」、「かっとして」「ぷす」・・・なーんてことになれば大変です。土曜夜のウイークエンダーで泉ピン子に紹介されかねない事件に発展してしまいます。(古いね)
傷害事件になっては大変と、スタッフが部屋に入ろうとすると、ぬぅ〜っとダンナが出てきました。
右腕に森君、左腕に奥さんを抱えています。なんと二人とも真っ裸で腕と足をバタバタさせています。服を着るほどの余裕がなかったのか、一旦服を着たところをダンナに脱がされたのかは判然としませんが、とにかくふたりとも「まっぱ」でした。
私はでも、ふたりの裸よりも、両脇に一人ずつ抱えているダンナのパワーに圧倒されました。こんな絵は漫画かWCWでしか見られないと思ってましたから。
まあ、そんなこんなでダンナはふたりを両脇に抱えたまま(逃げ出さないようにとの配慮?)、リゾートのマネージャーに延々とクレームを始めました。

・・・と残念、ここで私はお仕事開始の時間になってしまいました。後ろ髪をひかれつつも、現場をあとにしたのでした。
次の日には、夫婦の姿も、森君の姿も、リゾートにはありませんでした。
他のスタッフに聞いても、3人の消息については今ひとつ要領をえないままでした。どうしちゃったのでしょうね。